息子のジュニアサッカー生活(U10)前編

息子のサッカーにおける環境、立ち位置などが大きく変わってきたのがこのU10時代である。

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息子はU9になってもサッカーで充実の日々だ。ただサッカー一辺倒な生活でも困るのでこの頃から、個別学習塾で勉強も取り組むことにした。また幼稚園時代から水泳は週1回で続けてきたので、サッカー・塾・水泳と小学三年生ながらなかなか忙しい日々となった[…]

とても成長した時期でもあったし、伸び悩んだ時期でもある。ただU9時代までの私は、中学になったら部活だというイメージしか持っていなかったが、サッカーでももう少し上のレベルを目指そうと息子と一緒に思い始めたのもこの時期でもあった。

Jリーグアカデミー

U10になると公式戦に強豪チームが現れる(笑)それはJリーグの下部組織のジュニアチームだ。東京や神奈川で言うと、東京ヴェルディジュニア、川崎フロンターレU10、横浜F・マリノスプライマリー、横浜F・マリノスプライマリー追浜などだ。春先の公式戦であるチームの試合を見たが、8人制サッカーで全員が上手くて早いともう壮観である。

こんなチームと公式戦の予選や決勝トーナメントの早い段階では戦いたくなと思ったものだ。どう客観的に見ても、ウチの息子とはレベルが違うなとU10の春先には強く感じたものだ。この頃はウチの息子がJアカデミーの子供たちと技術レベルにおいて、まだ比較するレベルではなかった。

春先からチームの中心選手として

春先の公式戦に入る頃には、チームの中心選手として、またなかなかチーム内で上手くはまらなかったCMF(センターミッドフィルダー)としてプレイする事が増えてきた。私の心の中では左もしくは右サイドハーフとして、チームの得点王として引き続き頑張って欲しいという気持ちもあったが、各選手の特性、そして成長度合いを考慮するとコーチは適任と判断したようだ。

夏に入る頃にはチームのミッドフィルダーとして固定されるようになった。CMFをやりながらも以前ほどではないがシュートも決めており、本人はそのポジションで楽しくプレイしていたように思う。

ちなみに春先の公式戦は決勝トーナメントで強豪チームにあっさり負けた。まあ客観的に見て勝てる相手ではないので周りもあっさりしたものだった。

夏場はひたすらカップ戦で鍛えられる

U10担当のコーチは子供たちの実践力を上げるためにかなりの頻度で1日で完結するカップ戦を入れていた。その中でチーム力は上がっていき、比較的好成績を収めていった。時には一つ上のU11のカップ戦にも挑戦したりもしたが、そこでも決して悪い成績で完結することはなかった。

この頃は息子はほぼCMF(センターミッドフィルダー)に定着して、チーム力が上がっていく牽引力になっていき頼もしく感じていた。本人も自分がやらなければ、という自覚を持ってプレイをしており、この頃には自他共に認める完全な中心選手になっていた。

 

チームのメンバーの入れ替わり

U9の後半からU10に至るこの時期にチームのメンバーは結構入れ替わったように思う。

幼稚園、U7の頃からサッカーをやってきたが、

  • 掛け持ちしていた他のスポーツを選択して辞める。
  • 伸び悩んでなんとなくモチベーションが維持できず辞める。

などの理由で数名がいなくなった。お父さんの指導が厳しくて嫌になって辞めた子もいたな。

一方で、

  • 他のチームからの移籍。
  • サッカースクールのみでやってきたが、本格的にチーム活動を始めた。
  • 転校してきたチームに来た。

などで入ってくる子も多く、チームはある意味活性化もされていった。少年サッカーにおけるチームの移籍は、地域やチームによって色々難しい部分もあるようだが、このあたりの地域は比較的に移籍は普通にあるように思う。(移籍についてはまた別に取り上げたいと思う)

秋の公式戦

そうやってチームのメンバーが入れ替わっていく中で、秋には準公式戦的なイベントがあった。

夏の多くのカップ戦でチームは成長し、準優勝だった。勝てなかった相手はJチームだからやむなしだが良い勝負をしたと思う。

 

本人たちもとても嬉しかったと思うが、低学年より歯痒い勝負を見てきた親たちの喜びも大きいものだった。

息子もさらなる成長のため、この秋以降色んなチャレンジをしていくことになる。