息子のジュニアサッカー 生活(U7時代)2-10月-3月

前回、息子のU7時代前半(4月〜10月)について書いた。

前回の記事

実は息子がサッカーを始めることは想定していなかった。なぜなら私はサッカーをやったことがなければ、Jリーグや海外サッカーにも全く興味がなく、家族との生活の中でサッカーというものが全く身近ではなかったからだ。 そんな我が子はサッカ[…]

なかなかサッカーがうまくなる兆しが見えてこなかった息子も徐々に練習の成果が出てきたのか、秋になる頃にはBチームにおいては中心選手になってきた。そしてそんな小さな自信の積み重ねが、本人の成長を促進する結果にもなったようだ。

早生まれな息子

2月生まれの息子にとって、U7時代の大半は6才である。そしてU7時代の最初の3ヶ月は骨折でサッカーも出来ずだったので、みんなに追いつくのにそれ相応の時間を要したのは今思えば仕方がなかったように思う。

10月から11月にかけて練習試合ではBチームで出ることもあったが、Aチームに入ることも多くなってきた。守備がとても下手でボールを奪うのがまだまだダメだったが、ボールを受けてのドリブルに徐々に自信を持ってきている感じはあった。

親というのは本当に勝手なもので、Bチームにいる時は早く人並み以上になって欲しいと祈りつつ、Aチームになればチームに迷惑かけないように、そしてもっとボールに触れて積極的に攻めて欲しいと息子に望むものも多くなってきている。

幸い息子の属するチームはどちらかと言うと子供を伸び伸び育てる方針で、プレイ一つ一つにダメ出しすることもなかったので、常にポジティブに色んなプレイににチャレンジしてとても楽しくサッカーをやっていたのは親としては喜ばしいことだった。

 

初めてのカップ戦召集

Aチームで参戦するカップ戦に初めて召集がかかったのはもう年の瀬になる頃だろうか。今までは選抜メンバーでのカップ戦に呼ばれることは皆無だったので、本人もとても嬉しかったようだ。

初のカップ戦は準優勝、息子にとってはU7になってからの初めてのAチームとしての大会だった。この大会での貢献度は今ビデオで振り返っても大したことはなかったように思うが、これを機に以降はAチームに定着した。

左OR右サイドハーフに定着

年が明け、4月にはU8となり程なく公式戦が始まる。1月以降の練習試合では多くの場合右か左のサイドハーフのスタメンに定着し、そこそこ得点を決めれるようになり、本人は益々サッカーに夢中になっていった。

休日にパパと二人で練習も悪くないが、この頃からもう少し個人技術を磨くためにサッカースクールに入会した。そのおかげもありドリブルなどの個人技術には磨きがかかっていった。しかしながら今ビデオで振り返ってみると守備は相変わらず全くダメだった。チームの中心選手は、相手チームから積極的にボールを奪っていき攻めていくが、息子はそれを受けて攻めていくことはあっても、自分からボールを奪って攻撃するというシーンはほぼ見られなかった。

まあそのウチ守備もうまくなるのかなと思いながらあまり気にもせず、私もU7〜U8の息子のサッカーの試合を楽しく観戦する日々であった。